戦国時代の武将「筒井順慶(つついじゅんけい)」は、天文18年(1549)3月31日に、「大和国」の一角に小さな領地を持つ、「筒井城(現・郡山市筒井町)」城主の嫡男(ちゃくなん、長男)として誕生しました。ところが、父が28歳で病死したため、わずか2歳で家督を継ぐこととなりました。しかし、あまりにも幼過ぎたため、重臣達が父親の影武者を立てることになり、盲目の僧侶「木阿弥(もくあみ)」を探し出してきました。彼の声が父親とそっくりだったのでこの木阿弥を寝所に寝かせて、まだ生きているように見せ掛けていたのです。その後月日は流れて、「順慶」が17歳で元服し、筒井家の体制が整った時に「父親」の死を公表し、「順慶」を二代目藩主としました。それで用無しとなった「木阿弥」は、元の僧侶に戻されてしまいました。この逸話から、「元の木阿弥」と言う「ことわざ」が生じ、「努力が水の泡になる」、「物事が振り出しに戻る」という意味で使われるようになりました。その後順慶は、天正7年(1579)30歳の時、信長旗下(きか、家臣)となり、「大和国支配」を安堵(あんど、承認)されて、「大和・郡山城主」となりました。(2026,3/15) |