2026.8/4更新
事務局 / 〒507-0033 岐阜県多治見市本町6-57-1 智結蔵1F Tel.0572-25-5551 Fax.0572-25-5879 月曜日定休 




2026
8/4
「第12回智子賞」に水野しづ氏を選定
■公益社団法人美濃陶芸協会は、このほど「第12回智子賞」に水野しづ氏(名古屋市)を選定しました。
くわしくはこちら

2026
7/31
「美濃陶芸協会ギャラリー」
■常設展 = 2026年7月15日(水)〜8月30日(日) (延長有)
■夏期臨時休業 = 8月20日(木) 〜8月24日(月)
■会場 =
美濃陶芸協会ギャラリー ※月曜定休

2026
5/8

美濃陶芸協会ラーメンどんぶり展」 名古屋展

■会期 = 2026年7月22日(水)〜8月30日(日) 
■会場 = ギャラリー碗[one]  ※月・火曜定休
※くわしくは下記イベント情報、またはこちら

2026
7/7

岐阜県重要無形文化財保持者に林恭助氏

■この度、岐阜県重要無形文化財保持者に、美濃陶芸協会員で前会長(第4代会長)の林 恭助氏が黄瀬戸技法で認定されました。くわしくはこちら

2026
7/3
「第2回福寿賞」に若尾圭介氏を選定
■公益社団法人美濃陶芸協会は、このほど「第2回福寿賞」に若尾圭介氏(多治見市)を選定しました。
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展覧会名 美濃陶芸協会ラーメンどんぶり展〈名古屋展〉
会期 2026年7月22日(水)〜8月30日(日) 10:30〜17:00 
最終日=16:00まで 昼休=13:00〜14:00
会場 ギャラリー碗 [one]
定休日

月、火曜日 ※夏期休廊=8/10(月)〜8/18(火)

詳細 くわしくはこちら




(詳細がわかり次第リンクします)
美濃焼祭 2026年10月中旬頃
たじみ陶器まつり 2026年10月中旬頃
イチノクラフト市 2026年10月中旬頃
美濃焼伝統工芸品まつり 2026年10月下旬頃
織部ヒルズ陶器市 2026年10月下旬頃
下石どえらぁええ陶器祭り 2026年10月下旬頃
駄知どんぶりまつり 2026年10月下旬頃
みずなみ陶器まつり 2026年11月上旬頃
■卓男賞改め福寿賞を新設 NEW
■直営ギャラリーのご案内
公募展の仕組み変更
智子賞を新設
公益社団法人への移行

'26第27回美濃茶盌展 NEW
'26美濃陶芸協会小品展

'25第47回美濃陶芸展
'25年度福寿賞、智子賞
'25美濃陶芸協会小品展
'25七色土玉作陶体験

'24年度卓男賞、智子賞

'24第26回美濃茶盌展

 ※美濃茶盌展WEB図録
'24岐阜茶会

'24美濃陶芸協会小品展

'24美濃桃山陶「青山茶会」
'23 60周年記念美濃陶芸展
'23クラウドファンディ…
'23七色土玉作陶体験
'23創立60周年記念式典

'23故加藤孝造氏追悼式

'23特別顕彰
'23年度卓男賞、智子賞

'22年度卓男賞、智子賞
'22第25回美濃茶盌展
'21第45回美濃陶芸展
'21年度卓男賞、智子賞
'20年度卓男賞、智子賞
'20第24回美濃茶盌展
'19第9回美濃大茶会
'19年度卓男賞、智子賞
'19第44回美濃陶芸展
'18第8回美濃大茶会

'18第23回美濃茶盌展
'17第7回美濃大茶会
'17第43回美濃陶芸展
'17年度卓男賞、智子賞

'16第6回美濃大茶会

'16第22回美濃茶盌展
'16年度卓男賞、智子賞

’15第5回美濃大茶会
’15第42回美濃陶芸展

'15年卓男賞、智子賞
'15第21回庄六賞茶盌展
'14第4回美濃大茶会
'14第41回美濃陶芸展
'14卓男賞・桔梗賞

'14第20回庄六賞茶盌展
'13第3回美濃大茶会
'13第40回美濃陶芸展
'13卓男賞・桔梗賞
'13美濃陶芸のプロローグ
'13パネルディ…「文化の伝承」

'13協会設立50周年記念式典
'13協会設立50周年にあたって
'12第19回庄六賞茶盌展
'12第2回美濃大茶会

'12第39回美濃陶芸展
'12第18回庄六賞茶陶展

'11東日本大震災チャ…陶芸展
'10加藤孝造名誉顧問、人間国…
'09JR多治見駅陶壁完成

幕末、長州藩の武士で思想家・教育者である「吉田松陰(よしだしょういん)」は、文政13年(1830)8月4日に萩・松本村(現・山口県萩市)で生まれました。松陰は、叔父から受け継いだ「松下村塾(しょうかそんじゅく)」を主宰し、高杉晋作や伊藤博文など、明治維新を牽引する多くの人材を育てました。この松下村塾は、師が一方的に教えるのではなく、弟子と共に意見を交わす「生きた学問」の場でした。しかし、討論を行う上で大きな障害がありました。塾代を徴収しなかったため、武士から貧しい農民まで多様な人材が集まったものの、当時は明確な身分の上下関係が存在していたのです。武士や目上には「様」、同輩以下には「殿」と呼ぶ時代でした。そこで松陰は、身分の壁を取り払い、相手に敬意を払う呼び方として一律「〇〇君(くん)」と呼ぶようにしたのです。また、へりくだった一人称「僕(ぼく)」も塾生間で使わせることで、全員が謙虚な姿勢で対等に議論に向き合う空気を作り出したのです。松陰は安政6年(1859)、倒幕思想の疑いで幕府に処刑され、29歳の若さでこの世を去りました。その数年後、明治時代になり身分制が廃止されると、全国の学校で対等な仲間意識を表す言葉として「君」や「僕」が採用され普及して行きました。松陰が新時代を見ぬまま、松下村塾で蒔いた「平等思想」や「対等に議論し合う精神」という種は、現在の日常言葉として、今も日本の社会に深く息づいています。(2026.8/1)



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