2018.4/15更新
〒507-0801岐阜県多治見市東町1-9-27 (多治見市美濃焼ミュージアム内) Tel.0572-25-5551 日・月曜日定休  
 



3/11

●「第23回美濃茶盌展」は、平成30年3月11日に厳正な審査が行われ、「美濃茶盌大賞」に宮島正志氏(東京)の作品が選ばれました。
くわしくは下記イベント情報、またはこちら

9/27 ●平成30年5月に開催予定の「第23回美濃茶盌展」(旧庄六賞茶盌展)の開催&公募要項が決まりました。
くわしくは下記イベント情報、またはこちら
9/24 ●平成29年9月24日(日)に、「第7回美濃大茶会」を開催いたしました。多くのお客様にご参加頂きまして、誠にありがとうございました。くわしくはこちら
5/18 ●公益社団法人美濃陶芸協会は、「第3回美濃陶磁育成・智子賞」に、安藤 工氏(あんどうたくみ・多治見市)を選定いたしました。くわしくはこちら
5/6 「第43回美濃陶芸展」が盛況理に終了しました。
期間中、多くの方にご高覧頂きまして誠にありがとうございました。この記録は「美濃陶芸協会アーカイブ」に保存しました。くわしくはこちら
4/6 ●公益社団法人美濃陶芸協会は、「第35回卓男賞」に、陶芸家・和田和文氏(わだかずふみ・岐阜県土岐市)を選定いたしました。 くわしくはこちら
2013
1/26

■「社団法人美濃陶芸協会」は公益社団法人化に伴い、「公益社団法人美濃陶芸協会」と名称を変更いたしました。省略形は「(公社)美濃陶芸協会」となります。今後ともよろしくお願い申し上げます。くわしくはこちら





平成30年(2018)3月11日に厳正な審査が行われ、7点の入賞作品が決まりました。
入賞作品 画像はこちら
入賞入選作品リスト Download(PDF)

・美濃茶盌大賞 (賞金50万円 1名)
・金 賞 (賞金10万円 1名)
・銀 賞 (賞金5万円 1名)
・銅 賞 (賞金1万円 2名)
・奨励賞 (若干名)

多治見展
(セラミックパークMINO)
平成30年(2018) 5月3日(木) 〜 5月6日(日)
10:00 〜 17:00 (最終日は16:00まで) ※初日のみ11:00から
名古屋展
(JR名古屋タカシマヤ)

平成30年(2018) 5月16日(水) 〜 5月22日(火)
10階 美術画廊





詳細がわかり次第リンクします 
 高田焼祭 終了 平成30年4月8日(日)
 たじみ陶器まつり 終了 平成30年4月7日(土)・8日(日)
 市之倉陶祖祭 終了 平成30年4月7日(土)・8日(日)
 土岐市美濃焼祭り〜水辺の陶器マルシェ 終了 平成30年4月14日(土)・15日(日) 
 土岐美濃焼まつり 平成30年5月3日(木)〜5日(土)
 春の美濃焼伝統工芸品まつり 平成30年5月3日(木)〜5日(土)
 だち窯やまつり 平成30年5月3日(木)〜5日(土)
 かさはら陶器まつり産業フェスタ 平成30年6月10日(日)

公募展の仕組み変更
智子賞を新設

公益社団法人への移行
協会設立50周年にあたって

第7回美濃大茶会
第43回美濃陶芸展
平成29年度卓男賞、智子賞

第6回美濃大茶会

第22回美濃茶盌展
平成28年卓男賞、智子賞

第5回美濃大茶会
第42回美濃陶芸展

平成27年卓男賞、智子賞
第21回庄六賞茶盌展
第4回美濃大茶会
第41回美濃陶芸展

平成26年卓男賞・桔梗賞

第20回庄六賞茶盌展
第3回美濃大茶会
第40回美濃陶芸展
平成25年卓男賞・桔梗賞
美濃陶芸のプロローグ
パネルディス…「文化の伝承」

協会設立50周年記念式典
第19回庄六賞茶盌展
第2回美濃大茶会

第39回美濃陶芸展
第18回庄六賞茶陶展

林 恭助会長就任あいさつ
東日本大震災チャリティ陶芸展
加藤孝造名誉顧問、人間国宝に
JR多治見駅陶壁完成

岐阜県不破郡垂井(たるい)町の国道21号線と東海道新幹線に挟まれた墓地の一角に、ひっそりと「春王(しゅんのう)・安王(あんのう)」兄弟の墓があります。権力者の勝手な事情に翻弄された二人の運命とは、如何なるものだったのでしょうか。室町中期、幕府の横暴に業を煮やした、下総(しもうさ・現千葉県)の豪族・結城氏朝(ゆうきうじとも)は、結城城において「鎌倉公方(くぼう・鎌倉駐在の幕府NO.2)・足利持氏(もちうじ)」の遺児、春王・安王兄弟を擁立して、公然と幕府に反旗を翻しました。のちに「結城合戦(ゆうきがっせん)」と称される戦いです。この反乱に驚いた室町幕府六代将軍・足利義教(よしのり)は、ただちに関東管領(かんれい・鎌倉公方の補佐役)・上杉憲実(のりざね)に討伐を命じ、攻城一年有余の末に結城城を陥落せしめ、氏朝を討ちました。永享13年(1441)4月16日のことでした。祭り上げられた春王・安王兄弟も捕らえられ、京へ護送されることになりました。ところが、一行が美濃・垂井まで来たところで、将軍義教の処刑命令が届き、当地の金蓮寺で斬首されてしまいました。時に、春王13歳、安王11歳でした。将軍義教は、側近や侍女を些細なことで斬り殺す非情なる暴君で、その治世は日本史上稀なる恐怖政治であったと云われています。その彼をして、たとえ子供でも反乱に与(くみ)した者は、生きて京へ上らせることは我慢ならなかったのです。処刑されると知らされた二人の兄弟は、健気にも武士の子としての覚悟を決め、ためらう幕府役人に対し、「兄弟二人で死ねること、うれしく思います」と云って進んで首を差し出したと云うことです。その後、京で首実検されたのち、再びこの垂井へ戻され、埋葬されました。岐阜県史跡に指定されているこの墓には、今も悲運の兄弟の冥福を祈る人が、時折手を合わせていると云うことです。(4/15)



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